ホタテだけに頼らない未来へ。一人の漁師が描く新たな漁業のかたち

陸奥湾に面した平内町は、長年ホタテ漁が地域の産業を支えてきました。しかし近年、海水温の上昇や環境変化により、ホタテの不漁が深刻化しています。
そんな中、「ホタテ以外の海の恵みにも目を向けたい」と、新たな一歩を踏み出した方がいます。今回は、ホタテ漁師でエースプロジェクトの代表・柴田賢さんにお話を伺いました。
漁師は生き方そのもの

平内町の白砂(しらす)地区で三代続くホタテ漁師の家に生まれた柴田さん。高校を卒業した後は別の仕事に就いていましたが「自分の頑張りがそのまま報われる仕事をしたい」と思い立ち、家業である漁業に戻ったといいます。「もともと海が好きだったんです。どうせやるなら自分の力で稼げる仕事を、と考えたときに、やっぱりホタテ養殖しかないなと思いました」と語る柴田さん。自身で漁を行う傍ら、銀座など全国の飲食店へも取り引きを広げるなど販路拡大に奔走。家業という言葉以上に、「漁師は生き方そのもの」として海とともに生きる道を選んだといいます。
海の変化と向き合う

「今、ホタテ漁は全国的に厳しい状況です。陸奥湾でも今年は水温が28度まで上がって、ほとんど壊滅状態。去年よりも確実に悪いですね」と、厳しい表情で語る柴田さん。しかし、今の状況は変化を受け入れ、新しい道を探るチャンスだといいます。「陸奥湾にはホタテ以外にもたくさんの海産資源があります。ムール貝、ヒラメ、フクラギ…。うまく活かしていけば、まだまだ陸奥湾の可能性はあると思います」。また近年は、海洋環境の変化が確認されており、黒潮の流れが変わりブダイなど南の魚が入ってくるようになったそうです。
新しい挑戦「エースプロジェクト」

ホタテの不漁が続く中、柴田さんは2025年、新たな漁業団体「エースプロジェクト」を立ち上げました。「エース」とは、“Aquaculture(水産養殖) Sustainable(持続可能な) Project(事業)”の頭文字を取っており、ホタテ以外の豊かな資源を活かした新たな漁業のあり方を模索しています。例として挙げてくれたのは、ホタテ養殖の施設に付着するムール貝。これまでは“邪魔者”として廃棄されていましたが、柴田さんはそれを商品化。すでに年間2トン以上を販売しており、販路も拡大中だといいます。「ムール貝って、全国的に知名度はあるけど、実際に食卓に並ぶことは少ないですよね。でも、うまいんですよ。しかも地元の海で獲れたものなら、味も鮮度も抜群。そういう“もったいない”をなくしていきたいですね」。
仲間とともに歩む、未来の海づくり

現在、エースプロジェクトでは柴田さんを含む2人の若手漁師が中心となって活動しています。さらに、地元の仲間や全国の漁師たちとも連携しながら、地域という枠を越えた新しい漁業ネットワークの構築に力を注いでいます。「震災を経験した仲間たちと話す中で、改めて“海の力”を感じたんです。ホタテがダメでも、ほかの資源を活かせば必ず食べていける。そういう考えを広げていきたいです」。エースプロジェクトでは、単に魚を獲って売るだけでなく、青森ねぶた祭への出店や地域量販店の販売会にも積極的に参加し、海と人をつなぐ活動にも積極的に取り組んでいます。
“海と生きる町”を次世代へ

「海は生きている。変わっていくのは当たり前。だから、これからは“獲るだけ”じゃなくて、どうやって“次に繋げるか”を考えなきゃいけない。青森の海には、まだまだ可能性がある。だから俺たちは、海を諦めない」そう語る柴田さんの目には、新しい挑戦への意志が宿っています。次世代の漁業のあり方を見据えた、エースプロジェクトの活動にこれからも注目してください。
プロフィール
柴田賢(しばた・さとし)/1982年、平内町出身。大樹丸代表。エースプロジェクト代表。祖父の代から続く漁師の家系に生まれる。漁は早朝4時に出港し昼頃に港へ戻る。加工や出荷の作業を終えると、もう夕方に。休みは年に数日ほどだという。「正直、休みはほとんどないですね(笑)。でも嫌じゃないんですよ。海に出ている時間が一番落ち着きます」と誇らしげに語る。
この記事を書いた人:
ひらないホタテ貝議事務局 ディレクター 門脇寿英



